top of page
検索

    子供時代の苦い思い出

  • 09095244321
  • 2025年12月11日
  • 読了時間: 2分

 自分が15~16歳だったときの話です。とりあえず中学校に通っていましたが、勉強はろくせずに仲の良いクラスメイトといつもいたずらばかりして担任にいつも叱られていました。必須だったクラブ活動にも参加することなく、独自に悪い仲間と散歩クラブなるものをつくりクラブ活動の時間には学校の周辺をいたずらをしながらブラブラ歩くような生徒でした。そのような生活を繰り返していたので当然勉強の成績は低空飛行。いざ高校受験となっても焦って勉強することなく相変わらずの生活。結果、当然のことながら志願した高校とは意見が合わずに不合格。滑り止めを受験していなかったことから、中学浪人するはめとなってしまいました。 

 その頃は中学浪人する子供などほとんどいませんでしたし、不登校などという言葉もありませんでしたから、昼間、外出すると近所の顔見知りの大人たちや通っていた理容院の店主から、「今日は高校休みなのかい?」と聞かれる始末。そん目で見られることが、また、話しかけれることが嫌で、次第に昼間で歩くことがなくなり、暗くなってから出かけ友人宅で遊んでから朝帰りするとい生活に徐々になっていきました。しかし、そんな生活をしていても時間は過ぎていきます。秋になったころ、流石に自分でも中学浪人の2年目はないだろうと思いはじめ、焦って参考書を買ってきて高校の受験勉強を始めたのでした。ところが、読んでも理解できない、分からない。参考書を読んでもわからないので、お手上げなんです。聞ける人、教えてくれる人がいないのです。そのとき教えてくれる人が聞ける人が身近にいる事のありがたみをいやというほど感じました。それからです。仕事から帰ってきた姉を捕まえて聞いたり、恥を忍んで元の中学校へ行き、以前の担任に頭を下げて教えてもらったりと。自分がいかに今まで甘えていたのかを身をもって知りました。また、同時に時間を有効に使うことが大切なことを。遊んでいてもいたずらをしていても、また、勉強をしていても同じく時間は過ぎていきます。中学生時代の時間を使い方を悔いたものです。その後、必死に勉強し志望した高校に入学することができ、また、第一志望ではなかったものの大学に無事に合格することができました。大学卒業後は地方自治体の職員となり約40年過ごすことができましたが、今でもそのころの苦い経験と気持ちは多少生きているように思います。一方でその浪人時代の苦悩の経験が身に染みたのか、ときどき勉強をしないで落第する夢を見てはうなされることがあります。(笑)

 
 
 

最新記事

すべて表示
自分の持っている治癒力を信じる

4年前のことです。図書館に行く途中に歩道をジョギングをしてゆっくり走っていたときに、坂道の歩道と車道との境目にある段差で躓き転んでしまいました。転んだときには多少の衝撃と痛みがあったものの、これくらいの痛みは大したことはないと思い、転倒後はの残り4kmほど歩いて図書館に向かい3時間ほど勉強をして帰ってきました。しかし、翌日腫れが酷くなってきたのでいつもお世話になっている整形外科へ行って診察を受けた

 
 
 
未熟だった指導

スキー学校においてインストラクターとして基礎スキーの指導を始めて間もないころのことでです。スキー学校ではそれまで大人の講習者にスキーを教えることが多かったのですが、その日は小学生の低学年の子供たちにスキーを教える日でした。生徒の数は凡そ15人くらい。男女半々くらいの割合でした。  その日は特に元気のよい子達が多く、滑っているときも、ゲレンデの中間で止まって滑り方の説明をしているときも常に2~3人の

 
 
 
   どのような仕事に就く

自分が働き始めたころには今のようなインターネット環境はありませんでした。 ましてやAIなどという機能も存在しませんでした。 しかし、現在はこれらの機能を活かして膨大で様々な種類の仕事を探すことが できるようになりました。しかし、実際に本人が興味をもち就職してみようと 考える仕事に関しては、その選択肢が狭くなっているように感じるのです。 なぜか? 自分が思うところでは、情報過多が原因ではないかと思う

 
 
 

コメント


bottom of page